たまひよ

俳優でフラ&タヒチアンダンススクールを主宰する勝野雅奈恵さん。第2子の陽月(ひづき)くん(7歳)は、知的障がいを伴う自閉スペクトラム症(以下、自閉症)と診断され、現在は支援学校に通っています。
家族で向き合ってきた日々や、見つけてきた“居場所”について聞きました。全2回インタビューの後編です。


夫と共に「自閉症」のことを勉強する日々



――第2子、陽月くんが「知的障がいを伴う自閉症」と診断されたのち、夫のリカルドさんとどんなことをしたり、話し合ったりしましたか?

雅奈恵さん(以下敬称略) 本を読んだり情報を集めたり、とにかく夫と勉強をしました。子どもによって状況が違うこともよくわかりました。1人で悩まず、家族で話し合い、早い段階で専門の先生に相談できてよかったなと思っています。

夫は最初からとても協力的でした。でも園長先生から専門家の受診をすすめられた直後、「陽月は愛情表現をしないかもしれない。君のことを『ママ』と呼ぶことはないかもしれない。それでも陽月を愛せる?」と言われたことがあります。そのときはあまりに突然のことで「どうしてそんなこと言うの? 何を言っているの?」と理解できず、正直受け止めきれませんでした。でも冷静に現実を突きつけてくれたから、今では陽月が示してくれる愛情表現のひとつひとつが愛おしく、ごほうびをもらっているように感じています。

――陽月くんはどんな幼稚園に通ったのでしょうか?

雅奈恵 面接を受けた長女と同じ園です。「専門家に診てもらったほうがいい」とアドバイスをくれた園長先生から後日電話があり、「誤解していたらいけないと思って、お電話をしました。お母さん、陽月くんはうちの園の子ですからね。それだけお伝えしたくて」と言ってくれました。その言葉を聞いた瞬間、涙があふれてきて嗚咽で返事ができないくらいでした。園で陽月が過ごした時間は私たち親子にとってかけがえのない時間でした。


長女の「陽月はそういう状況だから」という言葉



――両親には陽月くんのことをどのように話しましたか?

雅奈恵 両親は本当に愛情深い人たちなので、心から心配してくれていました。自閉症の診断が下った当初は、「陽月の障がいをどうにかしてあげたい」という思いから、サプリを持ってきてくれたり、お守りを買ってきてくれたりしました。その気持ちは本当にありがたく、うれしいのですが、その反面、両親の強い思いがプレッシャーに感じるようになっていきました。これではいけないと思い、ある日、両親に話をすることにしました。

――どんな話しをしたのでしょうか

雅奈恵 「パパ、ママ聞いてくださいって。陽月はこういう特性の子なんです」と話し始めました。「これが陽月なんです。私はこの子がこのままでいることが大変愛おしく、このままでいいんです」と伝えました。両親は驚いていましたが、すぐに理解してくれました。

――お姉ちゃんの八瑠子(はるこ)ちゃんは陽月くんとどんなふうに接していますか?

雅奈恵 八瑠子は陽月のことをよく理解しています。八瑠子が7歳くらいのころ、お友だちに「どうして陽月くんは話さないの?」と聞かれたことがありました。そのときに八瑠子は「陽月はそういう状況だから」って答えていました。きっと英語の“シチュエーション”を訳したんだと思います。障がいがあるという言葉を使わずに、「そういう状況、状態」と捉えている、すべてを受け止めているんだなと感じました。私は八瑠子のこの表現がとっても気に入っています。

――弟の恵偉人(えいと)くんが誕生してから八瑠子ちゃん、陽月くんは変わりましたか?

雅奈恵 八瑠子は恵偉人が生まれたたことで、さらに陽月に対して余裕をもって接してくれています。そして、陽月も恵偉人が誕生したことでお兄ちゃんになったわけです。恵偉人が生まれてから陽月には、「恵偉人にミルク(哺乳びん)を渡す」という仕事ができました。
私は子どもであっても家庭の中で仕事をする、という考え方の両親に育てられました。だから陽月にも家庭の中で恵偉人の命の綱であるミルクを渡すという重要な仕事を担ってもらっていました。ミルクによって2人の絆は深まったと思います。

――陽月くんと恵偉人くん、現在はどんな関係性ですか?

雅奈恵 現在は2人でよく遊んでいますが、恵偉人がたまに陽月に対して理不尽なことをしても陽月は絶対に怒りません。ニコニコしながらやられっぱなしです。そこには弟への愛情にあふれているように感じます。


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