たまひよ

3年前に「筋萎縮性側索硬化症(ALS)」と診断された、2人の子どもの母でありシェフであるはらだまさこさん。ALSは、徐々に手足が動かなくなり、最後には呼吸も困難になる進行性の難病です。
「おいしい=しあわせ」と話すまさこさんは、「子どもたちに母の味を残したい」と決意し、2026年3月にエッセイ&レシピ集『もしもキッチンに立てたなら』を出版。まさこさんの味ができるまでについて聞きました。
全2回の取材の後編です。


海外と日本を行ったり来たり「暮らすように旅をする」2年間



――まさこさんは小さいころから食べることが大好きだったそうです。小さいころの家族の「思い出の味」を教えてください。

まさこさん(以下敬称略) 思い出の味は、「いかと里いもの煮つけ」。私が一番大好きな母の味です。いかのうま味がしみ込んだ里いものほくほくがたまりません。実家の近くに魚市場があり、魚好きな祖母がよく新鮮ないかを買ってきてくれたおかげで、わが家の定番料理でした。塩気の効いた「鮭のおにぎり」も大好物でした。

――幼いタカラさんを連れて2年間ほど海外と日本を行ったり来たりして「暮らすように旅をする」生活をしていたこともあったそうです。きっかけは?

まさこ 東日本大震災がきっかけでした。震災当時、夫とは結婚を前提につき合っていましたが、以前より子どもができたら、東京を出たいと話し合っていて、震災を機に東京以外での暮らしを模索し始めたのが出発点です。
長男のタカラを出産後、国内のあちこちを巡って、その後暮らす地域を探しましたが、決定打となる場所には出会えず、やがて視野を海外へと広げることにしました。
と同時に、日本の食文化にとどまらず、異なる国々の食にも触れ、私たちの安住の場所を求めたいという思いが強まっていきました。
3人で各地を転々としながら、友だちを訪ねたり、新たな縁に恵まれたりと、流動的な日々を過ごしました。現地で味わった料理を自分たちのキッチンで再現し、食卓を囲む——そんな試行と発見の連続が当たり前となっていきました。


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