たまひよ
中川翔子さん2

2025年9月、双子の男の子のママになった中川翔子さん。しかし、出産までの道のりは決して平坦ではありませんでした。37才での結婚、その後すぐに始めた不妊治療…。
流産というつらい経験をしながらも前を向いて歩み続けた中川さんが、妊活期間を振り返ります。

中川翔子さんの妊活振り返りインタビュー。
今回お届けする<後編>では、体外受精への挑戦、2回の流産後の妊娠・出産についてのお話しを、妊活たまごクラブがお聞きしました。


『妊活振り返りインタビュー「中川翔子さん体外受精にチャレンジし2度の流産を経て双子を出産。しょこたん第2章、始まりました!」中川翔子さん』
※参考:「妊活たまごクラブ 2026-2027」


1回目の体外受精で妊娠判定が出たけれど…


初めて体外受精を行ったのは、結婚から1年ほどたったころ。

「受精卵を見て、夫が『もうかわいいのがわかるね』なんて言っていました。私はといえば、卵を子宮に戻しただけで体がほてったり、ちょっと眠くなったり、なんかヘンな感じがして。『これは着床しているような気がする。でも考えすぎないようにしよう』と心を落ち着かせながらも、ウキウキした気持ちになっていました。このときはまだわかっていなかったんです、そのあとに試練が待ち受けているということを…」

実際、中川さんの予感は的中し、妊娠していることが判明。しかし、喜んだのもつかの間、6週目ごろに稽留流産となってしまいました。

「クリニックで『心拍が確認できません』と言われて、『え、なんで?』って。この日はYouTubeの撮影で、1人で熱海のお宿に行って温泉に入るという企画をやる予定でした。自分にとってはごほうび旅行だと思っていたのに…。結果を聞いてから熱海に行き、『私、何やってんだろ』と思いながらYouTubeを撮って、温泉で1人、泣きました」

そのあと2回目の体外受精にトライ。しかし、また流産という結果に。

「2回連続の流産だから、めちゃくちゃ落ち込みました。『仕事で疲れすぎたせいかもしれない』『もう私、赤ちゃんを産めないの?』と自分を責めて。夫に『他の人はすぐ妊娠・出産できているのに』とグチをこぼして、『人は人だよ』と言われたりもしました。流産の原因がわからないし、妊活のゴールも見えない。すごく病んでいました」


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