
森康行さんは3人の子どもの父親です。二女のおとちゃん(8歳)は2歳になる少し前に、根本的な治療法が確立されていない神経系の難病、レット症候群と診断されました。そして、0歳児クラスから通っていた保育園を、3歳児クラスへの進級時に退園することになりました。共働きの康行さん夫婦は、おとちゃんを預ける場所がなくなり、途方に暮れることに・・・。
康行さんに聞いた全2回のインタビューの後編は、康行さんが重症心身障害児を預かる施設を作ることを決意してから、現在に至るまでのことです。
「預ける場所がないなら、自分で施設を作るわ」と、妻に宣言

おとちゃんが0歳児クラスから通っていた保育園を退園したのは、2021年3月のこと。康行さん夫婦は、おとちゃんを夕方まで預かってくれる施設を探し続けました。
「施設の見学に行くには私も妻も会社を休まなければならず、この時期は『次はいつ休みが取れそう?』『次はどこに見学に行く?』という会話ばかりしていた気がします。
しかも、おとのお世話をする時間も確保しなければいけません。私はリモートワークと出勤を併用して、なんとか時間をやりくりしていましたが、会社が徐々にリモートワークを減らしていく方針となり、今のやり方に限界を感じるようになっていました」(康行さん)
康行さんは、妻のはるなさんには今までどおり仕事を続けてほしい、と願っていたそうです。
「妻の仕事は留学エージェント。日本の若者が海外で羽ばたく機会をつくるとてもやりがいのある仕事です。
実は私も妻も留学経験があり、知り合ったのは留学先のロサンゼルスだったんです。私自身が留学のすばらしさを経験しているから、日本の子どもたちのために、妻には仕事を続けてほしい。おとが病気を患っているからといって、仕事を続けることをあきらめないでほしい。そう強く願っていました」(康行さん)
そのとき康行さんの頭にひとつの考えが浮かび、はるなさんに相談しました。
「相談というより報告、もしくは決意表明に近かったかもしれません。『会社を辞めて重症心身障害児のための施設を作るわ』と妻に言いました。
家族の笑顔を守りたいという気持ちだけではなく、私たちと同じような苦しい経験をほかの人にしてほしくない、そういう思いもありました。
当時、私は一般企業の営業職で十数人の部下を率いる立場にあり、仕事にやりがいを感じていました。でも、仕事に関する考え方は比較的フレキシブルで、会社員を辞めることにさほど迷いはなく、2021年8月末に退職しました」(康行さん)