
岐阜県でローカルタレントとして活躍する塚本明里さん。高校生のときに、非常に重い倦怠(けんたい)感や不調が続く「筋痛性脳脊髄炎(きんつうせいのうせきずいえん)」、24時間全身に痛みが走る「線維筋痛症(せんいきんつうしょう)」、頭を起こしていると髄液がもれ出て頭痛やめまいなどが現れる「脳脊髄液減少症(のうせきずいえきげんしょうしょう)」という3つの病気を発症しました。病気とともに生きてきた明里さんは、2023年秋に結婚、2025年3月に第1子の女の子を出産しました。産後の子育てのことや、病気について知ってほしいことについて、明里さんに話を聞きました。全2回のインタビューの後編です。
ずっと会いたかった赤ちゃん。「やっと会えたね」

――娘さんが生まれ、初めて会ったときはどんなことを感じましたか?
明里さん(以下敬称略) 妊娠中に胎動を感じるたびに「どんな子かなあ、早く会いたいなあ」と思っていました。私に病気があるために全身麻酔の帝王切開で出産したのですが、生まれたわが子を見て「こんなかわいい子がおなかにいたんだ〜、やっと会えたね!」とうれしくてたまらない気持ちでした。
3つの病気があって自分の人生を生きることがやっとだった私ですが、これからは守らなきゃいけない存在ができたということ。自分がしんどいときでも、何より大切なわが子のことを優先にしたいという気持ちになりました。
――夫の琢也さんはいつ赤ちゃんに会いましたか?
明里 予定日より16日早く陣痛が来たので、出産の日は夫は出張だったんです。そのため、赤ちゃんに会いに来られたのは夜でした。夫は「手術室の前で出産を待つシーンを想像していたから、思ってたのと違った」と冗談を言いながらも、赤ちゃんに会って「尊い、あまりにも尊い」と言いながら泣いていました。
――明里さんは病気を発症してから、お母さんのサポートとともに歩んでこられたとのこと。自身が母親になったことについてどう感じましたか?
明里 私の母は、私が病気になってから仕事を辞めて、診断名がつくまで病院をいくつも一緒にまわってくれて必死で頑張ってくれました。ちょうどそのころは父の両親の介護も重なって、本当に大変だったと思います。
私は子どもながらに、母はどうしてそこまで頑張れるのかな、と思っていたけれど、子どもを産んでみて、母の気持ちがわかりました。この子に何かあったらなんとかしてあげなきゃいけない、と自然に思えるものなんですね。
――娘・希来里ちゃんのお名前に込めた意味を教えてください。
明里 “里”は家族を意味します。家族に希望がやって来る、という意味でつけました。私の名前と同じような意味で、“里”の漢字は同じです。
そして、私の闘病生活が始まる直前に飼い始めた2匹の猫の名前が「きき」と「らら」なので、愛猫たちからも読みを1字ずつもらいました。猫たちは、私の闘病人生を支えてきてくれた大切な家族だからです。