
岐阜県在住のローカルタレント・塚本明里さん。高校2年の春、原因不明の発熱や倦怠(けんたい)感、全身の痛みに襲われ、のちに「筋痛性脳脊髄炎(きんつうせいのうせきずいえん)」「線維筋痛症(せんいきんつうしょう)」「脳脊髄液減少症(のうせきずいえきげんしょうしょう)」という3つの病気があることがわかりました。週2回、全身40カ所の麻酔注射の治療が必要な明里さんですが、2023年に入籍、2025年3月に第1子を出産し、現在は1児の母です。明里さんに発症当時のことや、夫・琢也さんとの出会いなどについて聞きました。全2回のインタビューの前編です。
突然、原因不明の不調と全身の痛みに襲われた

――高校生で病気を発症したときのことを教えてください。
明里さん(以下敬称略) 高校2年生の5月、学校で試験中に突然、さーっと血の気が引くような感じがして目の前が真っ暗になり、そのまま机に突っ伏して動けなくなりました。担架で保健室に運ばれたあと、高熱もあったので、迎えにきてくれた親と自宅近くの病院に行くと「風邪でしょう」との診断。自分でも「きっと風邪だろう」と思っていたのですが、その日を境に、インフルエンザにかかったような重い倦怠感がずっと続くようになりました。
3日ほどして熱が下がったので電車で通学しようとしましたが、途中の駅でまた体が動かなくなってしまい、学校にたどり着けませんでした。これはただの風邪じゃない、と思い、母と一緒にいろんな病院にかかりましたが、なかなか診断がつきません。体がとてもしんどいのに治療も処置もできないことも苦しかったですし、病名がないせいで周囲に説明できないこともつらかったです。どんなに体に不調があっても「これは病気なんです」と説明することができないし、周囲からどう思われているかもとても不安に思っていました。
――学校は休んでいたのでしょうか?
明里 私は学校が大好きでどうしても行きたくて、病気発症後は母に頼んで車で送り迎えしてもらったんです。ただ、登校しても階段を上れないので、1階の保健室で寝て過ごしていました。なんとか教室まで行けた日は体の限界ぎりぎりまで授業を受けましたが、1〜2時間が限界。そこから保健室で横になるという生活が続きました。
勉強したい気持ちがあるのに、横になっていないと体がつらくて、椅子に座り続けることができなかったのです。頭痛やしびれ、めまい、吐きけ、少し動くと頭に霧がかかったようにものが考えられなくなるなど、ありとあらゆる体の不調に見舞われました。発症1年後ぐらいには全身痛の症状も現れるようになりました。
――体に痛みも出ていたのですか?
明里 体中がしめ付けられるような痛みや、鈍器で殴られるような感覚や、ガラスが突き刺ささるような痛みです。ときには全身を移動する痛みもあり、とにかく全身が痛くて痛くて・・・痛みがひどすぎるせいで、夜寝ている間に無意識に舌をかんでしまい、朝起きたら口から血が流れていたこともありました。痛みであまり寝られないし、寝られたとしてもひどい痛みのせいで悪夢ばかり見ていました。
診断がつかない間は医師から薬を処方してもらえなかったので、市販薬の痛み止めを試してみましたが、ほとんど意味はありませんでした。