
2025年10月31日より、渋谷・吉祥寺・横浜・京都を皮切りに、全国の劇場で順次公開される映画『パシフィック・マザー』。この映画で描かれているのは、沖縄、ハワイ、タヒチ、クック諸島、ニュージーランドというそれぞれの土地で、海と生きる女性たちそれぞれの出産。命をつないでいくという、人類が何百万年も繰り返してきた神秘に1人の女性として対峙(たいじ)したとき、何を思い、どんな選択をするのか。圧倒されるほどの美しい映像と音楽とともに、命をつむぐことの素晴らしさ、「自分らしく産む」それぞれの選択の尊さ、そして何よりも「すべての出産は美しい」ということを本能で感じることができる――。そんな映画『パシフィック・マザー』をプロデュースされた小澤 汀(みぎわ)さんに、この映画の魅力や製作のきっかけ、撮影時の苦労、映像プロデューサーという仕事などについて聞きました。
「すべての出産は美しい」だからこそ、女性が安心できる出産環境を選べる社会に

この秋から順次全国公開となる映画『パシフィック・マザー』。沖縄、ハワイ、タヒチ、クック諸島、ニュージーランドを舞台に、それぞれの土地で海とともに生きる女性の出産を描いたドキュメンタリーです。どのようなことがきっかけで生まれた映画なのでしょうか。
「もともとは、沖縄出身で、フリーダイバーであり俳優でもある福本幸子さんが妊娠したときに『水の中で産みたい』と思ったところから始まります。ただ、彼女の思う出産環境はなかなかかなわず、結局、パートナーの出身地であるニュージーランドで産むことを決意したんですね。
ニュージーランドには助産師主導のLMC(Lead Maternity Carer/マタニティ継続ケア担当責任者)というシステムがあって、女性たちは妊娠したら、専用のウェブサイトで自分の助産師を探します。そのあと、面会したりしてお互いに『一緒にやりましょう』と合意できたら、その妊婦さんの妊娠から出産、産後6週まで、1人の助産師が伴走してくれるというシステムなんです。
幸子さんとは以前、バハマであったフリーダイビング世界大会の撮影でお会いしたことがありました。『自分の身体なのに、自分が産みたいように産めない』と、日本では思いがかなわなかった幸子さんがニュージーランドで出産すると決めて『この現状を記録に残しておきたい。手伝ってくれる人はいないか』と相談を受け、『私、やります』といって手を挙げたのがスタートです。
そのときにできた短編ドキュメンタリー作品『Water Baby』は、オンラインで公開したら、800万回再生されて。それを見た、ハワイ在住のキミ・ウェルナーさんが幸子さんにコンタクトを取って、妊娠や出産について質問してきたそうなんです。
キミ・ウェルナーさんは、銛(もり)などで魚を突くスピアフィッシングの元全米チャンピオンでもあって、海に関わる女性にとってはもうアマゾネスみたいな伝説的英雄といった感じの方で、彼女も『こう出産したい』という思いがあったものの、アメリカのシステムではなかなか難しかったそうなんですね。
そうやって女性たちが、自分の出産に際して悩んだり苦しんだりしている話を聞いて、『8分間のショートフィルムじゃ伝えられなかったことも多すぎたから、やっぱり映画にしようよ』ということになって作ったのが、今回の映画『パシフィック・マザー』なんです。
彼女たちのつながりから、沖縄、ハワイ、タヒチ、クック諸島、ニュージーランドと、海が身近にある地域で、海と共に生きる女性たちのバースストーリーを描きながら、人と自然、海、そして社会とのつながりについて考えてみましょう、ということをテーマにした映画です」(小澤さん)
劇中に登場する、福本幸子さんは自宅での水中出産を望み、ニュージーランドでそれをかなえました。ただし、この映画では、自然と融合するような出産ばかりをたたえているのではありません。劇中には、キミ・ウェルナーさんのように産院での出産を決断した女性や帝王切開で出産した女性、コロナ下で産院での出産を決めた女性も登場します。
「『パシフィック・マザー』は自然出産がいちばんだとか、産院での出産や医療介入を否定したいとか、そういう意図はありません。どこで産むか、どう産むか。出産には本当にいろいろな方法がありますし、今は医療が発達した21世紀ですからね。
大事なのは、どんな方法であれ、妊娠を通して女性が自分の体と向き合い、その感覚を信じて、安心できる出産環境を主体的に選べることであり、そのためのサポートやコミュニティーがある社会であってほしいというのが願いなんです。
この映画って、すごく映像がきれいだし、海のイメージがある。だから『水中出産の映画ね。自然出産の映画ね』って思われがちなんですけど、私たちはそこが論点の映画だとは思っていないんです。
実は私、出産をしていません。自分自身が出産を経験していないから、全くの無知な状態で、幸子さんの妊娠、出産、産後ケアに立ち会って、本当に価値観が変わりました。
出産の瞬間って本当にすごいし、本当に美しい。
自分の思いみたいなのがなかった分、映像を撮る人間として中立的な立場で出産の場に臨んで、産む・産まないに関係なく『女性ってすごいな』って。命の根源を産みだす性に生まれているってことがすごいと思ったんです。
撮影中に助産師さんたちともたくさんお話をしたんですが、ある助産師さんが『本当にお母さんってすごいよね。頑張っているよね。だから私は、みんなが十分に力を発揮できるように、寄り添っていたいのよ』とおっしゃるのを聞いて、この女性の連帯感というか、支え合う気持ちって素晴らしいなと。そこに意味や理由はなくて、人間として、女性として支え合いながら命をつなげていく――。そこが、すごく美しいと私は思いました。女性は本当に素晴らしい、すべての女性は美しいと私は思っています。
人が命を産む。それだけで本当にすごいことだから、その産み方で傷ついたりしてほしくない。そして、命が誕生することをみんなに祝福してほしいし、エールを送りたい。そう思いながら作った映画です」(小澤さん)
そんな思いが込められた映画『パシフィック・マザー』。撮影が行われたのは2019年から2020年にかけて。まさに世界的に新型コロナウィルスが流行したときでした。
「ハワイには何とか撮影に行けたのですが、そのあとはCovid-19(新型コロナウィルス)の影響で、国外に行けなくなってしまったんです。でも、出産は待ってくれない。そこで、できる方法を考えようということで、オンライン会議ツールを使ったり、現地のフィルムクルーに指示をしながら撮影してもらったり、あとは妊婦さんのパートナーさんがカメラマンだったりしたので自分たちで撮影をお願いしたり。
だからこの映画は、それぞれの国で撮った映像を私たちが預かって、バスケットを編んでいくような形で作り上げたんです。コロナ下ならではの新しい形の映画作りでした。
ものすごく大変だったけれど、それぞれのバースストーリーがあって、彼女たちが生きる海が中和するようにつないでくれて、結果としていい作品になったと思っています」(小澤さん)