
妊娠中はおなかの赤ちゃんへの影響を考えて、使用「禁忌」とされる薬があります。2025年5月、その中の1つである吐きけどめ薬の妊娠中の禁忌が解除されました。妊婦さんが飲む薬の最新情報と、最近の相談傾向、情報収集する際の注意点などについて、国立成育医療研究センター「妊娠と薬情報センター」の後藤美賀子先生にお話を聞きました。
「処方され、飲んだあとに妊娠に気づいた」と相談が多かった吐きけどめ薬。禁忌解除されたって本当?
妊娠中に服用してはいけないとされていた「禁忌」の薬の1つが、解除されました。
――2025年5月に吐きけどめ薬「ドンペリドン」の妊娠中の禁忌が解除されました。解除に至るまでの背景について教えてください。
後藤先生(以下敬称略) 今回、禁忌が解除された「ドンペリドン」は吐きけや胃もたれの際に処方される薬です。動物実験で大量に投与したときに胎児に影響があったため、妊婦への使用が禁忌とされていました。
これまで、妊娠初期に妊娠していることに気づかず、胃の不調を訴えて内科などを受診し、「ドンペリドン」を処方されたあと、妊娠に気づいた女性からの不安のご相談がたくさんありました。おなかの赤ちゃんへの影響を心配して、人工妊娠中絶を考える妊婦さんもいたのです。
でも複数の研究によって、「ドンペリドン」を妊娠初期に服用しても、胎児の先天異常のリスクを高める可能性は低いという報告書がまとめられ、2025年5月に解除されることになったのです。
――実際に「ドンペリドン」に関してどのような相談がありましたか。
後藤 ご本人の承諾を得た上でお話しします。内科で「ドンペリドン」を処方され、服用後に妊娠が判明して心配になり、複数の産婦人科に相談しましたが、「どうしても不安なら赤ちゃんをあきらめるしかない」と言われたそうです。最後の産院でやっと「『妊娠と薬情報センター』に聞いてみるといいですよ」と当センターを紹介され、対面カウンセリングで相談を受けて、安心して妊娠を継続されました。この方の話は妊娠中の禁忌が解除される前のことなのですが、解除されたあと、ごく最近も同様の相談がありました。この情報はまず産科医に浸透しないといけないし、産婦人科医以外にも伝わらなければいけないのに、なかなかそれが難しいと感じています。これ以上、不安に思う人を増やすわけにはいかないと、あらためて使命感を持っているところです。
――一般的に、「ドンペリドン」はよく処方される薬なのでしょうか。
後藤 吐きけや胃もたれなどの消化器症状に広く処方されます。妊娠の自覚がなければ、多くの女性はまず胃の症状があれば内科など産婦人科以外の科を受診します。処方する際、医師は患者さんに対して、現在妊娠しているかどうかの確認をします。けれども、女性のほうが妊娠に気づいていない時期には、「妊娠していません」と答えてしまい、後から妊娠が判明して不安になってしまうのです。禁忌が解除になったあとも、このようなケースは見られます。
――禁忌が解除になっても、「ドンペリドン」は妊婦さんにつわりの薬として処方されないとのことですが、それはなぜですか?また、つわりに処方される薬にはどのようなものがありますか。
後藤 今回の解除でも「ドンペリドン」はつわりの治療薬として認められたわけではないので、妊婦さんに積極的に使う薬ではありません。通常、つわりの薬としてはビタミンB6単剤などが処方されることがありますが、効き方には個人によって差があり、効く人もいれば、まったく効かない人もいます。
海外ではより効果が高い薬が使用されていたり、開発が進んでいたりするので、今後、妊婦さんが安心して服用でき、効果もある薬が日本でも処方できるようになることに期待するしかありません。
――現在妊活中の女性が「ドンペリドン」を使用する際に注意することはありますか?
後藤 現状、禁忌は解除されていて、実際にリスクがある薬ではないので、過度に恐れる必要はありません。ただ、妊娠を希望しているのであれば、常に妊娠の可能性を考えて自分の体に意識を向けることが大切だと思います。安心な薬であっても「あのとき、あの薬を飲まなければ…」と不安になることのないように、自分の体を知り、正しい情報を得ることも必要です。